「俺たちの旅」- 鑑賞記録 – 10.「五十年目の俺たちの旅」


青春TVドラマ「俺たちの旅」の鑑賞記録。
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10.「五十年目の俺たちの旅」

※以下には、映画「五十年目の俺たちの旅」の物語内容に関する具体的な言及が含まれます。
作品を未鑑賞の方や、内容を知りたくない方は、ここから先の閲覧にご注意ください。


真弓の役割

ショッキングなシーンから映画は始まった。今までの「俺たちの旅」にはない、ピストルを撃つシーン。
しかも撃ったのは真弓だ。

ストーリーは、小さな町工場の経営者となっているカースケ。
やり手の奥さんがビジネスを広げ、高級介護施設の理事長を務めるグズ六。
米子市長のオメダという役柄設定だ。
ある日、カースケの携帯にグズ六から”洋子は生きている”という衝撃的な連絡が来る。

洋子がいる、という山小屋に二人が行くと、洋子の服や靴、写真が置いてある。
しばらくすると女性が部屋に戻ってくる。戻ってきたのは洋子ではなく、なんと真弓だ。
真弓はオカルトチックに洋子が憑依したように、かつて洋子がカースケに対して話したことを語りだす。
驚くカースケ。
ピストルをカースケに撃つ直前にオメダが割って入り、事なきを得る。
真相は、洋子が死ぬ直前、真弓を呼んでカースケとのことを話してたというのだ。

真弓は長年、密かにカースケに想いを寄せていた。
しかし洋子の存在や、社会人になってからカースケは別の女性と結婚をして、真弓の思いが実を結ぶことはなかった。
今回の映画では、真弓が実は洋子が亡くなる前に会っていたという設定になっていた。

洋子から聞いたカースケとの思い出や洋子の寂しさは、かつてカースケに想いを寄せていた真弓にとって、強く共感できるものだった。
洋子の死後、真弓の中で洋子の重い心情が膨れ上がり、心身を病んでこの山小屋に籠っていたのだ。

このシーンは今までには全くないテイストと表現で、観る人にも戸惑いを与えたと思う。
しかし、本作で真弓は、亡くなった洋子のメッセンジャーという重要な役割を受け持っている。
前半のこのシーンでは、カースケに対する洋子の様々な思いが憑依のような形で、強烈に洋子の心情を再現する。


ピストルは”寂しさ“の象徴

洋子から聞いた話では、彼女はカースケに対する恨みはない。
ただ真弓には洋子の寂しさが強く心に伝わった。
真弓も”寂しさ”を抱えて生きてきた女性だったからだ。
真弓自身のカースケに対する思いや寂しさが真弓に強い感情を掻き立て、洋子の寂しさを代弁し、自分の想いもぶちまけ、ピストルの引き金を引くことになる。

「カースケは皆を不幸にする」
幾度となく真弓から言われてきたセリフだ。
過去を振り切って生きてきたカースケには、言われた時こそ悩むが、自分の思う道を突っ走ってきた。
今回、真弓の叫びや銃弾の響きが真弓や洋子の悲しい悲鳴のように聞こえたのだろう。

ピストルは”真弓と洋子の寂しさの象徴”といえる。
そして引き金を引き、ピストルが発する轟音は、カースケの心に、彼女たちの寂しさを真に理解させることとなる。
映画の冒頭シーンで、カースケは一人、ピストルを包んで厳かに湖に投げ込んで沈める。
その振る舞いは、洋子と真弓の寂しさを埋葬する儀式だったといえよう。
“ピストルを沈める” = “寂しさを鎮める”。
そう解釈できるシーンだった。

オメダは、真弓が洋子から最後にメッセージを聞いたとカースケに打ち明ける。
カースケがそのことを尋ねると、”真弓は絶対に話さない”とだけ答える。


オメダの「人生の終着点」

町工場で若い社員のトラブルや工場の問題に奮闘するカースケの姿が描かれる。
オメダは、市長の立場や家族を捨てて、亡き母親の思い出が残る神楽坂の実家を買い戻して妹と二人で残りの人生を過ごしたいと言い出す。
今まではっきりと自分のやりたいことを明言したことのなかったオメダが、人生の終着点を見据えてはっきりと「人生の最後になって、本当にやりたい事は何か」と自答した結果の末の決断だ。

洋子が死んだとき、彼女が生涯にわたり陰に日向にカースケを支えていた無償の愛にオメダは深く胸を打たれた。
洋子はかつてオメダが好きだった女性。
しかしオメダは、洋子への想いを心に秘め、その無償の愛の形を、自分が助けようとした母子を支えることで自分なりの表現にすることを心に決め、政治生命の危険を冒しながら支え続けた。
そして人生の終着点が見えた今、政治活動も家族も捨てて、自分の原点である亡き母と暮らしていた家に戻ることを、自分の生きがいの終着点としている。

思えばオメダの人生も漂流の人生だった。
自分に自信がなく、カースケの生き方を羨ましながら、家庭を持ち、奥さんの実家の政治基盤を継ぎ、政治家として奮闘してきた。
一見、安定した人生を歩んでいるように見えながら、”借りものの人生”として過ごしてきた。
最後に”自分らしい生き方”として選んだのは、長い人生の”帰り場所”、亡き親の元だった。

カースケとオメダにとっての「俺たちの旅」は、会えない親の幻影を求めながら、自分なりに必死に独り立ちしていく人生だった。
オメダは終着点として、人生のスタート地点となる亡き母親の幻影そのものを選んだ。

オメダの実家で、オメダの母親の遺影の前でオメダを戻すことを誓うカースケの姿は、若いうちに母を亡くしたカースケ自身の母親への想いも重なっているように思える。
そう、カースケも自分の人生の旅の終着点について考え始めたのだ。

オメダのために三人の友情が再び動き出した。
カースケとグズ六が、オメダの奥さんと娘を説得に奔走する姿が映画の中心だ。
カースケたちは、オメダの奥さんからは”友情ごっこ”とののしられる。
”熱い友情”が社会常識に弾き飛ばされるシーンが続く。
オメダの気持ちに愛想が付き、別れを決め、入院中の奥さんと娘との最後の別れのシーンで、カースケは
「俺たちは馬鹿をやったり喧嘩をしたりして必死で生きてきました」
「世の中の常識と戦ってきました」と大声で語る。
彼らが”友情ごっこ”でなく、カースケ達三人の生き方の本質である
「一日一日を精一杯生きる」
”俺たちの旅“流の強力なメッセージだ。
70代で、家族との絆より男の独りよがりな思いを支持するカースケとグズ六。
社会常識よりも”友情”、”自分らしく生きる”ことに価値を置き、それこそが”生きている意味だ”、という「俺たちの旅」の一貫した価値観であり、あえて社会常識に反する行動を、この最後の映画に持ってきている。

最後は穏やかな昼下がりの井之頭公園でカースケ、オメダ、グズ六の三人が揃ってくつろいでいる。
70代でも三人のゆるぎない友情は健在だ。湿っぽいセリフはなく、「俺たちの旅」らしさ全開で最後を「俺たちの旅」で数々の名場面が繰り広げられた思い出の地、井之頭公園で締めくくる。


伝言板のメッセージ

これで終了と思いきや、オメダが、”真弓から洋子の最後の言葉を聞いたよ”とカースケに言う。
聞き出そうとするカースケに対してオメダはもったいぶって言わない。
代わりに真弓が井之頭公園駅前の掲示板に何やら伝言を書くシーンに変わる。

そして50年前の第一回の最後のシーン、住宅街の坂道で三人でキャッチボールをするシーンと現在の三人のシーンが交互に映し出される。「俺たちの旅」の象徴的なシーンだ。

再びカースケ達三人の井之頭公園のシーンとなり、三人は別れる。
一人で井之頭公園駅まで歩くカースケ。
そして何気なく駅の伝言板を見て立ち止まる。

固定電話や公衆電話が使われなくなりネットや携帯がコミュニケーションの手段の今。
重要なメッセージを伝達したのは、思い出の場所、井之頭公園駅の伝言板。
50年前の「俺たちの旅」の世界観そのままのラストシーンがファンにはたまらない。

真弓を通じて、天国の洋子から彼女の心の声が最後の最後に届けられた。

「会いたい カースケに」

そして50年にわたるドラマは幕を下ろした。

 




  (「五十年目の俺たちの旅」終わり )


2026年2月13日

 


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