「俺たちの旅」- 鑑賞記録 – 2.本編1 – オープニング


青春TVドラマ「俺たちの旅」の鑑賞記録。


2.本編1 – オープニング


秀逸なオープニング

「俺たちの旅」の痛烈な青春のイメージは、まずオープニングに負うところが大きい。
印象的な女性コーラスとイントロが流れながら、主人公カースケ(中村雅俊)が井之頭公園で座っている後ろ姿から始まり、振り向いてこちらを向く。
ガラッとシーンは変わり、街を歩く人々の姿。子供、赤ちゃんを抱いたお母さん。街を歩く人たちが映し出される。
そしてカースケ、オメダ(田中健)、グズ六(秋野太作)の3人が都心の公園の噴水がある小さな池に入り込み、歩いて渡るシーンへと続く。


海をバックに黄色い文字で”俺たちの旅“といタイトルが音楽のイントロのピークと合わせて表示される。

海に浮かぶヨット。
ヨットで海を進む姿が明るい青春の未来を表現している。
真っ白な砂丘に主人公3人の男達が立ち、カースケがいら立ちをぶつけるように木の枝を投げつけるシーン。


青春の葛藤を表現している。


白くまばゆい砂丘の上空に飛ぶ鳥の影が通り過ぎていく。


一転して真っ赤な夕闇をバックに3人が自転車で楽しそうに通るシーンに変わる。

3人の友情を表す象徴的なシーンだ。
雨の中を歩く姿。
そして最初の噴水の池を歩くシーンの続きに戻る。
池を渡りきり、ずぶぬれになって池から出る。


特に楽しいことをした表情はなく、淡々と歩く。
冷ややかに見つめる人たちが近くのベンチから席を立って立ち去る。

本編46話を通して表現される、社会のレールに従って生きる人々と自由を求める若者が交錯する象徴的なシーンだ。
夕陽に照らされた真っ赤な空で中村雅俊が一人とぼとぼと歩くシルエットが青春の一コマとして相応しい。


最後はカースケが2人を肩車してアーケードを歩くシーンで終わる。

この短いオープニングのシーンの数々が、青春の希望と不安の旅を見事に表している。


小椋佳作品による世界観

特徴的な点として、オープニングの「俺たちの旅」エンディングの「ただお前がいい」を中心に小椋佳作品がこのドラマの背景的な世界観を形づけている。
両曲とも歌手は中村雅俊だが作詞・作曲は小椋佳だ。
他に、インストゥルメンタルや他の歌手が歌う曲で、小椋佳作品の「少しは私に愛をください」はスペシャル版も含めて重要な場面で使われている。


生い立ち・両親の影響を引きずる主人公3人

大学4年生のカースケとオメダ。
同じ大学のバスケ部に所属している。
カースケは自由奔放で、その日その日が楽しければよいと公言していて、就職活動を全くせずにアルバイトに明け暮れている。
親友のオメダは対照的に内気で真面目な性格で、カースケのような生き方に憧れを感じている。
カースケは小さい頃に漁師の父を亡くし、高校時代ぐれているころに母親を亡くした。
死んだ母親に”せめて大学でも行きなさい”といわれ、東京に出て大学に入った。
特に大学で何かやりたかったわけではない。
母親に心配をかけ通しで死なれたことに強い自責の念を持っており、それがドラマの要所要所に現れる。
オメダは母親一人で育てられた。
父親の存在は本編シリーズで明らかになるが、一緒になることはない。
不遇の環境だが、母親の愛情を十分に受け、過保護気味に育てられてきた。
母親のいないカースケを見て、自分は精神的に独り立ちしていないことに引け目を感じている。

第1話の最後で、カースケの同郷の先輩、グズ六が現れ、2人と合流する。
そしてグズ六の部屋に居候する形で、奇妙な3人の生活が始まるのだ。
グズ六の母親は厳格な小学校の先生で、しつけにも厳しい。
いい加減でぐずぐずしているが、基本的に生真面目な性格は母親の教育の影響を受けているようだ。

優しい母親を持つオメダ、厳しい母親を持つグズ六、そして母親を亡くしたカースケ。
三者三様の青春物語が始まる。

(「本編1:オープニング」 終わり)


2019年2月24日


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