月がふたつ空にあるかぎり


Prologue : 「1Q84」

村上春樹の最新小説「1Q84」。
主人公の天吾と青豆は、もうひとつの現実の世界に迷い込む。
天吾は予備校教師をしながら小説を書いている。
青豆はスポーツ・インストラクターをしていたが、依頼で殺人を受けるようになる。

ある時、「見かけにだまされないように。現実というのは常にひとつきりです。」
タクシーの運転手が青豆に予告したときから、現実のゆがみが始まった。

幼馴染みの二人は、それぞれ子供時代の心の傷を抱えながら、
お互いを探し求めていく。
現実の世界で過ごしながら、謎の少女、ふかえりが書いた小説「空気さなぎ」の中の登場人物とそのストーリーに絡んでいくのだ。

彼らだけが見える、二つの月が並んで見える夜空。
二つの月を眺めている時、自分たちは現実とは違う世界にいることを
自覚する。

青豆は新興宗教の教祖の殺人の依頼を受ける。大仕事だ。
彼女はマッサージを装って針で首の頚椎の辺りを一刺しで仕留める技術を持っているのだが大事に備えてピストルを入手する。

彼女は一大仕事をなしとげ、依頼者の用意したマンションへ身を隠す。
そして彼女も、小説「空気さなぎ」の中の謎かけへ入り込んでいく。

小説の中盤で、アントン・チェーホフの引用文が出てくる。
「物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはいけない。」

青豆は「空気さなぎ」の物語と、自分の身に起きていることを照らし合わせながら、
天吾のことを思う。そして、新興宗教の教祖に予告された、天吾と会うことは
できないという事実を、現実と1Q84の世界のねじれの中で確信していく。

そしてチェーホフの引用文は、最後に最高に切ない形で実現される。

夜更けに本を読み終えて、一息ついた。

「現実ともう一つの世界。」

それは小説だけでなく、誰の人生にも降りかかっているかもしれない出来事。
そうぼんやりと頭の中で思いながら、眠りについた。

第一章: “何か”の始まり

次の日の休日。
濃い目のコーヒーで目を覚まし窓を開けると、晴れ間が見えた。

こんな天気の日には、三浦半島あたりへ車を走らせるのだが、今日は違った。
車で都心に向かった。

昨晩、「1Q84」を読み終えた後、ある人のことを想った。

これらが何を意味するのか、ぼっと考えをめぐらせた。
何も考えが浮かばない。
こういう時は繁華街の雑踏にでも身をおいたほうがいい。
そう考えて、いつもは行かない都心の大型家電ショップに足を運んだ。
これもまたいつもは立ち寄らないゲームショップに迷い込む。

子供たちが慣れた手つきで”ファイナル・ファンタジー”をやっている。
ゲームにうとい自分にはそれがどんなバージョンかはわからない。

ピストルを持った男たちが画面に現れる。
”ピストル”
いったん通り過ぎてから、昨晩読んだ「1Q84」を思い出した。
振り返って、もう一度子供たちが遊んでいた画面を見返した。

そこにはさっき見たピストルをもった二人組はいなかった。
まるで画面から抜け出した後のように。

時間の進行のコマとコマの間から、何かが別の方向へ向かい出した気がした。

こんな繁華街はやっぱりしっくりこない。
そう思うと、いてもたってもいられなくなり、車が置いてある場所へ戻ると、
再び車を走らせた。
どこか行ったことのないところへ行こう。
なんとなく導かれるように小田原方面へ車を走らせた。

二人組の影を東京に残して。



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