第一話 白い霧の世界
夜の帰宅時はさすがに冷え込む季節になってきた。
一日の終わりとなると、手に携えているビジネス・スーツケースは
肩にずっしりとこたえてくる。
今日の日中はいつになく息苦しかった。
最近、ガスマスクが手放せない日々が増えてきている。
周りを見ても、会社の中や会社付近では、ガスマスクを着用している人間をよく見かける。
人類の終焉か?
それとも一過性の現象なのか?
これ以上何も深く考えず、この不可思議かつ不恰好な格好で
過ごす時間を受け入れている。
月明かりに照らされた林の横の道を歩き続ける。
人気のない住宅街も途絶えた道。
足取りも重く黙々と歩き続ける。
ここら辺一体は今日も白い霧で覆われている。
夜10時を過ぎ、ようやく自宅に着く。
鍵を開け玄関の扉をそっと開き、自宅に入る。
白い霧で室内はほとんど見えない。
息苦しさがまた増してきて、背中にまできりきりと痛みが突き上げてきた。
手探りで階段を上る。
何か下の階で人の気配を感じた。
びくっとして耳を澄ます。
時折聞こえるかすかな子供のような声。
部屋に入る。
早々に着替え、再び這うようにして風呂へ浸かりに行く。
硬く凝り固まった肩を自分で揉み解す。
わずかな一人の夜の時間。
視界もままならないまま、再び二階へ戻り、肩で息をしながら眠りについた。
(第二話へ続く)