No Direction Home  - 5


第五話 立ち込める霧

理沙とのつかの間の時間。
自分にとっては待ち望む時間のはず、大切な人のはずなのに、
理沙と会おうとすると霧は立ち込め、進めなくなる。

息は苦しく、仕事の指令は携帯電話を通じてかかり続ける。
まるで息抜きや理沙との安らぎの時間を求めようとすると、
誰かが察知して間髪を入れず遮りの手を入れているのでは?
と疑うほど、自分のささやかなリズムを乱されているように思える。

無機質なスケジュール表の予定に昼も夜も虫食い状態で予定を入れていく。
そしてまもなく理沙から電話がかかってくる。
「今週の金曜日の夜なんだけど」
「金曜日はまだはっきり決められないんだ」
「じゃあ来週の土曜日の夜は?
COTTON CLUBにCON FUNK SHUNが来るのよ
「はっきり約束できないな」

理沙が電話口でいらだっているのが分かる。
中途半端に約束して後でドタキャンをしてしまう回数も増えてきた。

先週もそうだった。
ミュージカル映画を見よう、と自分から誘っておきながら、
週が進むにつれ、難題が仕事にふりかかる。
体力も気力も尽きて、理沙との約束はキャンセルしてしまった。

理沙と約束をすると、必ずイレギュラーでやっかいなことが起こり、疲労困憊する。
そして、霧がひどく立ち込めるのだ。
視界不良な霧は、何か絶望的に理沙との距離を遮っていく。

 

そんな悪循環の日々が続き、理沙と会えないたびに、
罪悪感、そして別れた方が理沙のためでは?思い込み始める。

どこかへ伸ばしたい救いの手。
理沙の清らかな細い腕がSOSを出して
自分の手に伸びているのがわかる。
しかしその手は自分の首にまとわりついてきた。

息がいっそう苦しくなり、払うようにして後ろに倒れ、咳き込む。
絶望的な息苦しさ。

自分は誰を助けたいのだろう?
あるいは助けられたいのだろう?

自分の心の中から、すっと青い腕が伸びていった。
自分の救いの手が、必死に手を伸ばしている。

その先にある顔は?
その先には美恵の横顔がよぎった。

帰宅する。
いよいよ自宅は真っ白の霧に包まれている。
階段を上ると、下のフロアでかすかにささやき声が聞こえた気がした。
夜中に息苦しく目が覚める。
キッチンへ水を飲みにいく。

 

(第六話へ続く)


 

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