第六話 美恵の告白
仕事帰りに「No Direction Home」に立ち寄る。
美恵が店に現れる。
期待していたわけではないが、美恵の顔を見ると、心に明るさを取り戻す。
彼女が何気なく話すその日にあった出来事は、
まるで自分を楽しませるがために起こったような話しで、
つい食い入るように聞いてしまう。
店を出てからの彼女との時間は、
こんがらがったあや取りのような自分の状態を
ほどよく穏やかにしてくれる。
美恵には彼氏がいることは前から聞いていた。
そのせいもあり、積極的に彼女に何かアプローチをしようとは思わなかった。
ただこのまま心地の良い時間と関係が、
何かもっとよい流れになる期待感はいつも抱いていたが。
そんな思いを漠然と持っていた最中、今晩思いもかけず
美恵の口から彼氏のことを聞いた。
その内容は、幸せに満ちた美恵の印象とは大きく異なるものだった。
彼には暴力癖がある、ということだった。
もっと正確にいうと、暴力の”性癖”があるのだ。
性行為中に興奮が高まると、拳で美恵の顔を殴るらしい。
「私が栄治さんとこの店の待ち合わせに来られない時があったでしょう?
そういう時は私の顔は見せられない状態の時なの」
そう言って、少し寂しそうに笑った。
DVとか言葉ではニュース等で聞いていたが、現実に自分の知人で
関わりがあるのは初めてのことだった。
「彼氏と結婚はしないのかい?長い付き合いなんだろう?」
語りかける言葉も浮かばず、何気なく聞いてみた。
「彼はね、借金があるの。それも凄い大金。
もうマンションぐらい買える位のね」
マンション。
当然、本来ならば自分達二人の幸せの家庭の場所、という比喩で
美恵は言ったのだろう。
「まだ若いのに、どうしてそんな借金つくちゃったんだい?」
「株よ。株で大失敗しちゃったの」
“株”という言葉が、この話の流れで出てきたことに、意表を突かれた。
だから結婚はできないのと、美恵は少しあきらめ気味の顔でいうと、
めずらしくうつむいて見せた。
(第七話へ続く)