No Direction Home  - 8


第八話 一途な気持ち

全てが自分の頭の中で混沌としている。
理沙とは最後の電話以来、連絡がとれないでいる。
どんな言葉をかけようか?
そんなことを悶々と考えながらも集中して良い考えが浮かばず、
時間が過ぎていく。

一方、自分の頭の中では美恵との会話も気にし続けている。

きっと美恵は、自分から株のやり方を身につけて、
彼氏の復讐をしようとしていたのだろう。

美恵から連絡があり、昼下がりのホテルとショッピング・モールが併設されているビルのカフェで待ち合わせた。
美恵はこの間自分の話を私にしたことで、何か私がいろいろ考えているのだろう、と察して自分から切り出してきた。

「栄治さん。
私が貴方に近づいたのは、別に株のやり方を教わりたかっただけじゃないのよ」
「わかってるよ」

「そんなことはいいんだ。
それよりもさ、一つだけ聞いてもいい?」
「なに?」
「立ち入ったことを聞くようだけど。
彼氏から暴力を振るわれて。
なんで別れないんだい?」

すると美恵は凛として私の目を見て答えた。

「だって、別れる理由がないから」

これ以上、理由を聞くまい。
これで納得しなければだめなのだ。
たとえ他の人間から見たら、どんなにだめな男に見えても、
男が女を必要とする限り、女にとっては関係が成立するものなのか。

話題を変えて、いつもの他愛無い会話に戻った。
ゆったりとしたいつもの二人の会話に戻ったが、
お互いこれが最後の出会いになる雰囲気を確信しあった。

どちらからともなく、店を出た。
ホテルの外、日差しはまだ明るかった。

「栄治さん。またね。いつまでも友達でいましょうね」
「もちろん。また連絡するよ」

美恵は手を振ると、くるりと背を向け、駅前へ降りる真っ直ぐの緩やかな坂道を降りていった。
細い足元が、けなげに見えても力強く生きる女の本性を見た、と感じた。

何かまた大切なものを失ったような喪失感が、
胸の中でどうしようもなく大きな浮遊物となっているのを感じた。
いたたまれず、街を反対方面へ少し歩き、何杯かビールでその感触を癒し、
すっかり夜空に覆われた街に出て、さきほど恵美が歩いていった道をゆっくりと歩いていた。

結局、恵美に具体的に株の売買を教えたり、
彼女が何か一人で株をしている風もなかった。
株で稼いでいる男というのはどんなタイプの人間なのか?
実際に見たかった、というのが私に近づいた理由なのは間違いない。。
そしてできることならば、彼氏の借金を私が取り替えそう、と思っていたのだろう。

実際には山っ気のない、禁欲的な人間が、こつこつと慎重にガードを固めながら一歩ずつ、
運にも支えられながら石橋を歩いていく。
イメージとは違い、実際に株で少しだけ利益を上げる人間の実像を知って、
自分の彼氏にはおおよそできないということを悟ったのだろう。
忠実な親鳥がひな鳥にえさをやるように、私の所にやってきては、
なにか彼に役に立つ情報を取りに来たのだが、
残念ながら彼に持ち運ぶえさはなかった。

これは私が抱いていた何か淡い恋心が計算高い女の打算に打ち破られた、
というのではなく、単純に、美恵のような女のために、
何もしてやられなかった、という自責の念に強く襲われた。

男を想う女の純粋な気持ち。

それがたとえ、どんなに男と女を取り巻く状況がややこしくなっていても、
自分にはこの都心のビル群のはるか上空に輝く星の、
白い艶やかな光のように感じ取れるのだ。

 

(第九話へ続く)


 

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