彷徨い – Samayoi – 2


第二話

社会人生活も二年目を迎えた、ある週末の日、学生時代の友人、綾子に誘われ、
赤坂のホテル内にあるレストランのパーティに参加した。
派手な遊びとは縁遠い生活を送ってきた由紀にとっては、
店内や参加者の雰囲気に慣れないものを感じた。

差し出されたグラスワインを一杯ゆっくりと飲みながら、場に馴染もうとゆっくり参加者を見渡した。

近くでひときわ話し声の弾んでいるグループがいた。
その中心人物はネクタイもせず、ボタンをはずしたシャツの胸元には、日焼けした肌にネックレスが光っていた。
まだ30代後半に見える顔つきに似合わず突き出た腹に、無精ひげ。
顔に笑みを浮かべながら、自分のビジネスの夢を語っている。
いつも見ている大企業のエリートとは全く違うオーラと自信から出る語り口、
一方、不釣合いに見える下品な風貌のアンバランスさに、今まで見たことのない強烈なインパクトを感じた。
こちらを見ると、格好の獲物を見つけたように目を輝かせた。
そしてまた余裕を演じているような笑顔に戻ると、こちらに近づいてきた。
要領よく自己紹介を交えながら、このホテルまでベンツで乗り付けたことや有名人歌手やプロデューサーと
昨晩まで一緒だったこと、六本木での豪遊と友人関係を一気に話すこの男の名前は榊原といい、
ベンチャー企業の若き経営者らしい。

圧倒されて、ただ話を黙ってきいていると、近くの医者の友人カップルを呼びよせ、
フェラーリの中古ディーラーに金だけ払って逃げられた話を自慢げにしては大笑いで彼らの肩を叩いた。

滑稽なほどの自慢話しを延々と目の前で続ける榊原。
だんだんと自分に話しかける時間が長くなってくる。
大きなガラス張りの窓からは、東京タワーと東京中の夜景が一望できる。
下を見ると、高速を走る車がミニチュアのように見え、リアリティを感じさせない。
口下手な由紀は、何か話題を変えようと、こういってみた。

「たまにはこういう素敵な景色を見ながらのパーティもいいですね」
榊原は、ニヤッと笑って、こういった。
「たまには?俺と一緒なら毎日がこういう日だよ」
そういうと、由紀の腕をつかんでいった。
「じゃあ、もっと楽しい所へ行こう」

今までの人生経験から、人と人の出会いや親しくなるステップの自分の中の常識から外れる行動を続ける榊原。
あまりの自信と未知の振る舞いに、何か全く新しいレールが自分の人生に現れた気がした。
それは、まるで今の自分の年齢から始まる新しいレールが必然的に敷かれていて、
たった今、この目の前の男が、その新しい列車の小太りの車掌のように見えた。

息が詰まるほど真っ直ぐな人生を歩んできた。
自分の意思で進んできたようで、厳格な両親や周りの人達の望むように生きてきたのだ。
果てしなく白く汚れのない壁に取り囲まれるのを良しとして来た人生。
しかしそんな世界が本当にあるのだろうか?

目の前に居る欲望むき出しで人生を充足しているように見える榊原の姿。
彼のような人間に身をゆだね、今までの人生を教わりなおすことで、”本当の自分”が見えるのではないか?

暗い夜景に映し出される東京湾沿いの高速のライトのラインをみながら、

“本当の自分”

という言葉をもう一度、頭の中でつぶやいてみた。

(第三話へ続く)


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