第三話
榊原とは一回目のデートこそ、青山の著名なシェフのレストランで食事したものの、
その後はホテルに直接呼ばれるようになり、部屋で過ごすだけの付き合いとなった。
最初から自分の虚栄心や欲望むき出しの男の一挙一動に興味を惹かれ、付き合い始めた。
彼の言動や振る舞いは、今まで自分が知っている人間のタイプとあまりに違うため、
自分の価値で判断しようがなかった。
しかし、自分の価値観を作った人、両親やピアノの先生、学校の先生の顔を思い浮かべる。
社会人になり、自分で働いたお金で自分の自由に過ごせるようになって月日がたった今振り返ると、
自分の意思で行動をしてきたわけでなく、他人の価値観で自分を縛られてきた人生のように思えていた。
そんな心の揺らぎを感じるときに現れた榊原。
「こういう男に従うことで、何か自分らしい道が開ける。
本来の私という人間がこれから作り直せるのかしら」
薄暗く照明を落としたホテルの部屋。
榊原に命令されるがままに従った。
手錠をはめられる。
四つん這いで榊原の足元に座らされる。
別世界の初めての体験は、何か神聖な始まりの儀式のように思えた。
夢中で、言われるがままに従う。
部屋の空気がだんだん自分の感触に馴染んでくる。
正面から向かい合って正常位で抱かれるよりも、自分の“居心地のよさ”を感じた。
今まで教えられてきた価値観に反する“背徳”の行為に身を任されば任せるほど
自分の心身が清められるような感覚にとらわれた。
つかの間の部屋の空間での“非日常”的な拘束で、
今まで過ごしてきた人生の、息の詰まるような“日常”の支配からの開放感。
傲慢とも思えるほど自信に満ちた男のストレートな欲求行為に従うことで、
幼い頃からの自分の中に深く押し込められた感情が満たされている感覚を確かに感じる。
榊原の表情を見た。
今自分の目の前にいる全く新しいタイプのこの男こそが、
これからの私を開放してくれる“本当の師”なのだ。
(第四話へ続く)