彷徨い – Samayoi – 5


第五話

週末に榊原に呼ばれては、彼の思い通りの命令に従順に従う時間を過ごす日々。
由紀の20代は、榊原との密室の時間で埋め尽くされる。

会社や周りの友人、家族の前では以前と変わりなく、
“そつなく器用に何でもこなす、お嬢様風OL”として振る舞っていた。

榊原と出会って五年が過ぎた。
まもなく30歳。周りの友人の多くが既に結婚している。
年齢を考えるといろいろなことが頭をめぐる。
自分も肌の衰えも気になり出している。
仕事での孤独感。将来の自分。

心を埋めるのは榊原との時間。
しかしもう、榊原への気高い忠誠心や、奉仕する気持ちも年々失せている自分に気づく。

付き合い続ける理由はない。
付き合い続けるのは、ただ単に別れる理由がないだけだ。

一方、榊原はビジネスと資金繰りが立ち行かなくなっていた。
好景気に一瞬沸いた時期に調子よく立ち上げたビジネスに派手に舞ったが、
景気の変化と業界の成熟化の流れの中で、時代の徒花(あだばな)となって終焉を迎えようとしていた。

ここ一年間ほどの榊原の変化は、由紀も表情や言動に焦りを感じとっていた。
愛情のある行為というよりは、何かのはけ口や自分の不安を払拭するための
逃避行為のような殺伐さを漂わせていた。

終焉はあっけなくやってきた。
寒波の厳しいとある2月の夜、榊原から呼び出された。
今まで使っていたホテルよりかなり下のランクで、しかも珍しくホテルの部屋ではなく
ロビーのコーヒーショップでの待ち合わせだ。

出向くと、やつれた顔で窓際の席に座っている榊原を見つけた。
正面にゆっくり座ると、開口一番切り出されたのは、300万円の金の工面だった。
しかも継続的に必要になる可能性があり、風俗店で働いて金銭の支援をして欲しい、というお願いだった。
プライドの高い男がここまでストレートに、凝った演技も何もなく言うのだから、もう末期の状態なのだろう。
もともと経営者の内実など詳しく知るよしもないが、
改めてこの男のことを最初から最後まで良くわからずにここまで来たことを実感した。

窓の外は粉雪が舞っていて、幸せそうなカップルが体を寄せて歩きながら由紀の前を通り過ぎていった。
どんな感情も言葉も不思議と沸いてこなかった。
お金の工面も、風俗店へ勤めるつもりもないことを告げると、そのまま一礼して、席を立った。

 

(第六話へ続く)

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