土に眠る少女 – 4


第四話

金曜日の夜、洋子と食事をした後、ホテルで一泊することにした。
15階の部屋から見える夜景は、一週間、仕事で頭に巣食った喧噪を
静かに溶かしてくれた。

ひとしきり夜景を眺めた後、ベッドで二人で抱き合った。
この日の洋子はいつになく静かで、二人の一瞬一瞬をかみしめるような表情で
終始目をつむっていた。

夜も更け、いよいよ眠りにつこうか?という頃、洋子は目を開けて、部屋の隅を見ながら
語り始めた。
「貴方と出会ってから過ごした時間の記憶は私にとって、一生の楽しい思い出。
こんなことを言うのは今までの人生で今までも、そしてこれからも貴方だけ。
私にとっては辛い子供時代。そして10代から貴方に出会うまで、辛いことばかり。
私の中には、ずっと心の中に小さい頃の自分を抱えて生きているの。」


不意な告白は、どう受け止めてよいか戸惑うばかりで、今度は自分が押し黙っていた。
少しずつ、少女時代の辛い話を噛みしめるようにして話し続ける洋子。

彼女の髪を静かに撫でながら表情を見た。
今までの記憶にないぐらい洋子は私の目をじっと見つめていた。
彼女の抱えてきた長い暗闇の時間の入口を、彼女の瞳に見た気がした。
それはこれから始まる長い未知の、群青色の宇宙空間のようだった。

しばらくすると、目を閉じ、「寝ましょう」と小さな声で言うと、ベッド脇のライトを落とし、夜の時間を終わらせるかのように二人を暗闇の中に沈めていった。


翌朝、起きてからホテルを出るまで、いつになく洋子は静かだった。
私は昨日の洋子の深刻な告白めいた言葉を思い浮かべつつ、慎重に彼女との距離を
探りながらホテルのエントランスまで一緒に歩いた。

彼女はここで別れてタクシーで一人で帰るという。
エントランスからタクシー乗り場まで、すっと一人で歩きだす。
そしてこちらを振り向いて、私に聞こえるぎりぎりの声で絞り出すように言った。

“助けて”



 
彼女は朝の光に溶けていくよう��、半透明になったように見えた。
光が彼女の髪に差し込み、顔は白く映し出される。
今まで見てきた中で最も頼りなげな表情で、愛おしく感じた。

(最終話へ)

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