
Travelin’ in Mississippi
メンフィス・ビール・ストリートでのライブを終えたBLBは、いよいよミシシッピ・クラークスデールに旅立った。
州の境界を越えて向かった先はライブハウス「Grand Zero」。
地元ブルース・ミュージシャンに交じって演奏を続ける。
ミシシッピといえば、ヤズー河とミシシッピ河に挟まれた三角地帯を“ミシシッピ・デルタ”と呼ばれ、
その地が戦前カントリーブルースの伝説ブルース・マンを
多く輩出した。
チャーリー・パットン。サン・ハウス。そしてロバート・ジョンソン。
ロバート・ジョンソンを崇拝している一流ロック・ミュージシャンは数多い。
「誰もがロバート・ジョンソンのことを知るべきだ。」(キース・リチャーズ)
「ロバート・ジョンソンほど奥深くソウルフルなものに、出くわしたことはない。
ジョンソンの音楽は、人間の声が発したものとしては、最高にパワフルな叫びだ。」(エリック・クラプトン)
様々なジャンルの音楽に多大な影響を与えたブルース・ミュージック。
日本ではなかなか馴染みがないが、レコード化された記録だけでも1920年代から始まる歴史を誇る音楽だ。
先人の偉大なブルース・ミュージシャンに尊敬の念を払いつつ、日本人ブルース・マンとして日本や海外で演奏を続けるBLBの明三さんに、今のミシシッピやメンフィスのライブハウスについて聞いてみた。
「伝統的なブルースの演奏を今もベテランのミュージシャンはやっているけれど、一方で若いミュージシャンの
いろいろな音楽的な試みを受け入れている土壌がある。あまり伝統的なブルースの形にこだわっていない。
そこが逆に本家の地としての凄さを感じるよ。」
デルタ地帯の河のごとく、雄大な歴史の流れと新しいさざ波を許容しながら、脈々と時の流れと共に流れ続ける
ミシシッピのブルース。
BLBは今回も十分にミシシッピの新しい空気を、演奏を通じて満喫していった。
その後ミシシッピを出て、テキサス州オースティンへ向かい、ライブハウス「Nhuno’s」、「Happy House.Free Blues」で
パフォーマンスを行う。
ブルースの聖地を次々と訪れていく。
ブライアンの友達の店。ここでもプレイしました。看板には「Happy House.Free Blues」。
クラブ・オーナー、ブライアンと店の前で。明るくて良い人。
クラークスデール。このおじさんもギター弾き。何と事務所にギターとアンプ。仕事中なのに俺にギター弾かせて喜んでた!
クラブ「Grand Zero」のセッションマスター。
Grand Zero。地元のブルーズマン。無名だけど凄かった。こんな人、多いです。
ミシシッピ・クラークスデールのクラブ「Grand Zero」のJam Night
クラークスデールのレコーディング・スタジオ。オーナーとGrand Zeroで知り合う。
クラークスデールの街で。
クラークスデール。John Lee Hooker St.の表示板。
クラークスデール。何とナッシュビルでの俺たちのストリートライヴを見たとのこと。Amazing!! もちろんナッシュビルから来た人たち。
オースティン。ブルースクラブ「Nhuno’s」。Ivan Daddy演奏中。
世話になったクラブのカウンター「Frostey」
ニューオリンズからメンフィスへ車を走らせる。
ンフィスからミシシッピへ。ハイウェイ61!!!!