Whistle Song




前日の雨も上がり、久しぶりの休日の晴天日。
前から足を運びたかったカメラサロン等何箇所かを歩き回るため、日曜日にしては少し早起きをして銀座に向かった。
快晴の青空の下、車に乗り込んで選んだ音楽は’80年代後半から’90年代House musicの大御所Frankie Knucklesの「Beyond The Mix」。
従来のロックやポップスのリズムの4ビート、8ビートの規則正しいストレートなビートから、Houseの跳ねるようなリズムが幅広く浸透した年代。
数多いHouseの曲の中で私の最も好きな曲がこのアルバムの中の「Whistle song」。
タイトル通り口笛の音色で軽快な印象的なメロディが続くインストルメンタル曲。
アルバムの3曲目の曲だが、1曲目の「Godfather」から続くスピード感と音の透明感が
当時やはり流行していたRAPやHouse Musicと一線を化す魅力が今も冴え渡る。

この高揚感を改めて聴きながら当時を思い浮かべる。
90年代、2000年代と時代は勢いよくグローバル化と称して突っ走ってきた。
自然のビートから人工的なリミックスが流行り出し、Houseは60年代のロック以後停滞していたとされる音楽界の新しい潮流となり、
Popsのベースの一つとまで浸透した。

リミックスも主流となり、今の音楽も完全なオリジナルよりはかつてのヒット曲のリミックスが非常に多くなって久しい。

“時間をかけてオリジナルを作るよりも、他人のメロディを借りてとにかくヒット曲を”
“速く。速く。”

リズムが駆け抜けてきた。
欧米のグローバリズムは2000年代に入り、いつの間にか”常識”や“標準”となった。

“去年より今年はもっと儲けよう”
“自社だけで成長できなければ他社を買収しよう”
“去年1年間でできたことは来年もっとできる”

全てこの10年間に“グローバル化”と称して皆おまじないのように経済界で行われてきたことだ。
もう誰も止められない。
中東の砂漠に世界一高いビルを作り始めた。
砂漠の中に高級ホテルを建設し、中のショッピング・アーケードでは高級毛皮が売られていた。

車は環八を抜けて駒沢通りに出る。
午前中の日曜日は車も少なく、快調に進んでいく。

音楽は「Beyond the Mix」のアルバムが終わると、オムニバスのHouse集になった。
いよいよ音楽のスピードがあがる。


10年前の記憶がよみがえる。
六本木の怪しげな外人向けカジノに、知り合いの金融界に勤めるアメリカ人達に誘われ入った時。
軽くルーレットで場になじんだ後、ポーカーの席に座った。
最初の30分はアジア系男性ディーラーが場を取り仕切っていて、自分も含めた数人が一進一退の状態だった。
そして白人女性ディーラーに替わったとたん、場は一変した。
自分は10分で手持ち金全部をすった。しばらく席で眺めていたが、
横の日本人中年男は30分で80万円むしりとられた。
顔色一つ変えない白人女ディーラー。

カジノ店から出て六本木通りにぶつかると、目に映った首都高速通りのライトの連なりの白さが
妙に力のある光を放っていたのを覚えている。
ライトは群青色をしたどんよりとした明るさをわずかに残した夜空へ続いていき、その先には白い月が輝いていた。
“あの頃から、なにか世界中の人間がどこかへと高揚を始めていたのかもしれない。”



最近では聞かれないほどの強いビートで、下品なほど太い黒人のラップが車内に響く。
駒沢通りを通過して代官山を抜ける。朝早く開店前のショッピングモールは、
まだ人影すらほとんどない。
時代を感じさせる野太いラップは、狂気の時代に奏でるアフリカの原始音楽のようだ。

昨年、知り合いの外資系証券会社のトレーダーが香港で自分の会社を起こした時の
挨拶礼状が目に浮かんだ。
走り続けなければいけない連中は、普通の人がだめだとわかっていても、走り続ける。
それが彼らの唯一の手段だから。

明治通りの交差点までついた。
久しぶりに聞くHouseオムニバス集は、異様な盛り上がりでノンストップで続いていく。

世界中の人々はどこかである一線を踏み外した。
人々の高揚は心臓の単純な響き以上に複雑なリズムを編み出し、自らを鼓舞し続けた。
誰も演奏を続けなくても、人々の頭の中で止まらないビートが鳴り続け、連鎖反応を編み出していった。

“もっと速く。もっと稼ぐんだ“
初夏を思わせる青空に一筋の雲の白さが、ピカっと光って見えた。
車内にじっとして運転しているだけにも関わらず、汗ばんでいる自分に気がつく。


いつのまにか青山通りに着いた。
House Musicを止める。
静かな朝が戻ってきた。
そう。今は2009年。
人々が熱狂からすべり落ちて、しばらく経つ。

駐車場に向かってハンドルを切る。
50m単体レンズをつけた一眼レフカメラを入れた黒いバックを握って、車から出た。

2009年6月の日曜日の朝は、今始まったばかりだ。


(終)


2009年6月7日

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